仮名手本忠臣蔵・元禄忠臣蔵・東海道四谷怪談 他

仮名手本忠臣蔵

5.0
歌舞伎役者・人形遣い  10時間前後  歌舞伎・文楽

寛延元年(1748年)8月に大阪松竹座で初演された人形浄瑠璃。初演後は歌舞伎でも上演され、「芝居の独参湯」と呼ばれるほどの人気狂言。口上人形・大序~十一段目までのストーリー。個人的には文楽よりも歌舞伎を観た回数が多い。

歌舞伎での大序の人形振り(登場人物が人形に魂が入って動き始める仕草)がとても可愛い。四段目は「通さん場」ともいい、上演中は客席への出入りが禁じられ、途中入場もできない厳粛な場面。五段目からはお軽と勘平の悲話が軸になって話が進む。五段目は落語「中村仲蔵」でもお馴染み

仮名手本忠臣蔵はこの早野勘平(モデルは萱野三平)を含めて四十七士のため、名前が被る横川勘平さんは抹消されている・・・😂寺岡平右衛門が使う、奴詞の「ネイネイ」や、お軽と寺岡の再会の場面の会話など案外可愛いところも沢山ある。映画やドラマ等の忠臣蔵も大体のストーリーは変わらず、役者の番付として楽しむことができるけど、焦点が違ったりアレンジも沢山見受けられる。ただ、こちらは勿論、ストーリーは全く変わらない。でも何度見ても飽きないのが不思議な所。大向うの堀越さんが「芝居は生き物だから、日々おもしろい。白いごはんは毎日食べても飽きないように」と仰っているけれど、まさにその通りだと思った。そして中々かからない場面もあるから、2016年の通しは本当に有難かった。

近年、若手を中心とした仮名手本忠臣蔵をベースに少々趣向を凝らした演目が増えています。

元禄忠臣蔵

3.0
歌舞伎役者  10時間前後  新歌舞伎

江戸時代に作られた「仮名手本忠臣蔵」に対し、こちらは昭和に作られた真山青果作の新歌舞伎の演目。登場人物も実名で演目も史実寄り。ただ、河竹黙阿弥の「四十七石忠箭計」を基にして書き下ろされた場面もある(南部坂雪の別れ)。特色は討ち入り場面が無いところで、討ち入り後の四十七士の語りや尋問によって討ち入りの様子を再現している。長唄が殆ど出てこず、役者の「長い台詞」が中心になるため、居眠り注意(笑)。

初めて見た場面は100分くらいの「御浜御殿綱豊卿」。一息で長い台詞をガツガツと男らしく熱く喋り、綱豊公に歯向かう冨森さんを見ていると緊張感が高まり固唾を飲んでじっくり見入ってしまう。会話中心だから飽きないか心配していたけどその必要はなかった。喋らせたらものすごい男だけど結構熱くて一度考え出したら行動に移すまで気が済まなそうな冨森さんの姿は、見ていて緊迫さを感じる。その設定そのものが安兵衛さんや唯七さんに付きそうだけど、ここは冨森さん、ってのが史実ファンを唸らせる…?忠臣蔵の女性キャラとしてお馴染みになりつつある喜世は、冨森さんと義兄妹設定。通してみると、この場面はギャグというか、観客を笑わせる台詞が、他の場面より多いように感じた。

調べた限りでは1970年と2006年にしか上演されていない(初演は1938年)「吉良屋敷裏門」では、「動く甚三郎」が観られるため、死ぬまでに観たい場面。※知る限りの動く甚三郎が出る作品はこちら【塞翁が馬で候(2018年)】。
仙石屋敷でも腕を吊って片足を引きずる人がいるので恐らく近松さん。「大石最後の一日」では近松さんが怪我の治療をしてもらってしっかり喋る。このことからも、史実寄りということがよく分かる(笑)。

鶴屋南北シリーズ

東海道四谷怪談

4.0

鶴屋南北作の歌舞伎狂言。文政8年(1825年)、江戸中村座で初演された。言わずと知れた、日本で最も有名な怪談「お岩さん」のお話。「仮名手本忠臣蔵」の外伝。そのため実は四十七士(のモデル)も出てくる。佐藤与茂七は特によく出る。戸板に括り付けられた小仏小平は、実は小汐田又之丞の家臣。他にも赤垣伝蔵などなど。「鎌倉高師直館夜討の場」までやれば、忠臣蔵の外伝ということがしっかりわかるけれど、殆ど上演されない場面も多い。

民谷伊右衛門は今でいうDV夫でクズですね。こんなクズ男でも仁左衛門さんや芝翫さんがやる伊右衛門がイケイケで見惚れてしまうから危ない(笑)。鶴屋南北の世界って感じ。小仏小平は殺害され川に流される不憫な男だけど、橋之助(国生)さんの小仏を観たときは、「薬くだせえぇ、、、」という一言で幸薄さが伝わってきて、可哀想だけど何だか可愛くてヨシヨシしたくなってしまった。でも、お岩さんの不倫相手に仕立て上げられるし、実際子供もいる設定(殺された後自分の子に憑いて遺言を伝える)なので橋之助の小仏は幼く見えてるだけかもしれない(笑)。

盟三五大切

5.0

さらに同じく鶴屋南北による話に、文政8年(1825年)江戸中村座で初演された「盟三五大切」もある。「東海道四谷怪談」の後日談という設定で、こちらは不破数右衛門が主人公。「あの義士の一人である不破さん、一体何人殺すのよ~!」というマジキチ皮肉ストーリーが「THE☆鶴屋南北」(褒め言葉)。当初は評判が悪く、長らく上演されてこなかった作品。昭和51年に復活して、現在は定期的に観られる演目となっている。

菊宴月白浪

5.0

文政4年(1821年)初演で、仮名手本忠臣蔵では悪役の斧定九郎が忠義の人間として描かれた書替狂言。こちらも忠臣蔵後日譚。2023年7月に32年ぶりに上演されたので、発表以降、これだけを楽しみに3か月生き抜きました(笑)。

定九郎は猿之助さんから中車さんに変更。演目自体差し替えられてもおかしくない状況で、中止をしないという判断に救われました。演目発表時は「四幕」の予定だったけれど、実際は「三幕」になってしまったので色々あったのでしょう。実際省略されている場面もあったけれど、生きているうちに観られただけ幸せ。

というわけで、以下の備忘録は「2023年の七月大歌舞伎の“菊宴月白浪”」として綴ります。

序幕 第一場
幕が上がると、甘縄禅覚寺(高輪泉岳寺)の場面。と同時に口上人形が身構えている。通常ソロで登場するので、まだお人形さん状態の登場人物と一緒に登場という流れに意表を突かれる。というか、ここに口上人形出してくることさえ考えていなかった!さすが、此処からすでに忠臣蔵オマージュが始まっているとは。ちなみに口上人形は團子ちゃんでした。私の場合声だけだと気付かないかもしれない…!
オリジナルと同様、皆さんまだ魂が吹き込まれておらず、全員お人形さん。「あゝ、このまま縫之助お人形をお持ち帰りしたい─!」と気持ちの悪いことを考えていたのは恐らくわたしだけ。
通常は竹本が役を読むと直義→師直→桃井→塩冶のように一人ずつ目を覚ましていくけれど、今回は一斉に(時間かけられないもんね)。

討ち入り後のお話なので、禅覚寺には四十七士のお墓があります。てなわけで大道具として用意されていたお墓の戒名をチェックしてみる(オタク、やばい)。
浅野内匠頭・大石内蔵助の墓が中央にあり、その左右に

「刃仲光剱信士」(吉田忠左衛門)
「刃勘要剱信士」(片岡源五右衛門)
「刃譽道剱信士」(間瀬九太夫)
「刃以串剱信士」(小野寺十内)
「刃泉如剱信士」(間喜兵衛)
「刃周求剱信士」(礒貝十郎左衛門)
「刃常水剱信士」(横川勘平)
「刃響機剱信士」(茅野和助)
「刃清元剱信士」(村松三太夫)
「刃擲振剱信士」(矢頭右衛門七)
「刃澤藏剱信士」(間十次郎)
「遂道退身信士」(寺坂吉右衛門)

が確認できた。上手に細川家、下手に水野家の並びだった。時系列的に寺坂吉右衛門さんのお墓があるのはおかしいんだけどね(笑)。

さて、ここで縫之助(塩冶判官の弟・つまりモデルは浅野大学)が彼女の浮橋と「色に耽って」しまうことがきっかけで、物語が大きく暗転していく。つまり三段目の勘平とお軽の逢引をそっくり縫之助と浮橋にさせてしまう。五段目で勘平が「色に耽ったばっかりに」と後悔する台詞を定九郎に言わせるところでオマージュを確定させる。

仮名手本忠臣蔵菊宴月白浪
勘平縫之助
お軽浮橋

ここで助けてあげるのが定九郎なわけだけど、登場時の拵は、五段目の仲蔵形の姿に似ているけれど、所々違う。ちなみに赤鞘の定九郎だった。印籠がまたキレイなんだわ。小物好きなのでガン見した。

縫之助さまが色に耽っている時にすり替えられてしまった献上の品である刀が錆びている。検分の台詞が「錆びたりな、赤鰯」。七段目の斧九太夫が由良之助の錆びた刀を見て言う台詞。

序幕 第二場
斧九郎兵衛(大野九郎兵衛)宅の場面。過去には配役されていなかった毛利小源太(毛利小平太)が登場。

菊宴月白浪史実
斧九郎兵衛大野九郎兵衛
毛利小源太毛利小平太
橋本平内橋本平左衛門
田中貞蔵田中貞四郎
進藤源介進藤源四郎
小山田庄八小山田庄左衛門
高田軍平高田郡兵衛
奥野将三郎奥野将監

といった忠臣蔵お馴染みの脱盟者が斧宅に集まっている。んもうワクワクしちゃうね!仮名手本忠臣蔵以外にも講談ベースの忠臣蔵オタクも挙って大喝采しちゃうでしょう!

ここでタコ🐙に注目。「あ、七段目!」と分かる。でも調理されている🐙ではなく、丸々タコなのが笑ってしまう。これから家臣(軍平だったかな…)に調理させて、食べる。
九郎兵衛がタコを食べて懐から紙を出して口を拭うところまで、七段目の由良之助の動作と同じ。

定九郎が家に戻ってきて切腹をするという流れでも、歯向かう家臣達三人が柄に手を添え今にも斬りかからんとする動きが、これまた七段目の三人侍(矢間十太郎、千崎弥五郎、竹森喜多八)にそっくり。

切腹の場なので四段目意識ではあるだろうけど、ここは笑いを入れていて楽しい。切腹しようとする定九郎に「畳替えをしたばかりなのに、血で畳が汚れてしまう」と、畳の心配をする九郎兵衛。何となくこれも忠臣蔵の畳替え場面を意識した話にも感じる。三方を踏んづける定九郎が痺れます!九郎兵衛の切腹もしっかり横一文字に腹を切っている様子だった。

序幕 第三場
山名館の屋敷での「討ち入り」の場面。花道で毛利が先陣を切って脱盟者たちが名乗り上げる場面は嬉しすぎて心の中で一人一人拍手!!!いい演出~!!みんな、雁木模様の揃いの装束です😭😭😭
さらに十一段目の「奥庭泉水の場」の大立回りを殆どそのまま再現していてテンション爆上げするところ。清水一角・小林平八郎枠の人物も登場する。
そして!同じく雁木模様の装束だった定九郎が山名を討ち取りその場を立ち去るときに!あの五段目の傘を上手く活用し、一瞬で姿を変え、傘も持った姿に替わっているのだけれど、これぞ五段目の定九郎なんですよ…一番感動した場面かもしれない(ここが?)

初登場時の姿に戻ったように見えるけど、初登場とは少し違う。着流しに、編み笠、赤鞘二本差しだったのが、尻端折りに、蛇の目の破れ傘、赤鞘一本差しに変わっている。
細かい…!!忠臣蔵好きはこの演出が良過ぎて爆発します。

ここで幕間だったけど、雪が客席にまで沢山降ってきたので気付いたら服にくっついてました。

二幕目 第一場
与五郎の加古川殺しの場面。仮名手本では本蔵・戸無瀬・小浪が加古川一家だったけれど、こちらでは定九郎の妻。おとらが与五郎に、「与五郎は高師直の落胤」ということを教え、ここら辺から与五郎が「悪人」になりだす。まず加古川を殺す。
ここは六段目オマージュが散りばめられている。おとらが与五郎を逃がさないためにしがみつくのはおかやと勘平

仮名手本忠臣蔵菊宴月白浪
勘平与五郎
おかやおとら


加古川の遺体を枕屏風に隠すのも、六段目与市兵衛の遺体を隠すのと同じ。

二幕目 全般
与市兵衛、こちらの世界では悪い人間で、娘おかるの五十両を盗んだうえで殺される(南北ってば…!)
与五郎と会ったときに「これはしたり」と言いながら片足上げて手を打つ。この仕草は五段目の千崎から来ているね。
で、ここから五段目の再現が始まる。音からそう。わたしが大好きな忍び三重に鐘の音だけの「与市兵衛殺し」の場面。定九郎は忠臣になっているので、ここで与市兵衛を殺すのは、もちろん与五郎。首を絞めて息の根を止めること以外は大体オリジナル通りで、最後の「五十両」ですっきり完了。
これは誰が見ても五段目意識だと分かる優しい場面。たのしい!

場面は変わらず、見せられる人物が浮橋と権兵衛兄妹に変わる。で、権兵衛が妹浮橋に斬りかかり、浮橋ビビりまくる。またまた七段目に戻ってきました。冷静に話そうとする権兵衛に「その刀が怖くて兄さんの側へは行かれない」と言って刀を鞘へ仕舞わせるところが、平右衛門とお軽の兄妹と同じ

こちらでの「おかる」はこの場面でやっと登場。金笄のおかるということでオリジナルとはまた違った風貌でべっぴんさん。

一方、殺された加古川の遺体を運ぶ場面は六段目の与市兵衛の遺体を運んでくる場面を意識してあって、「おどけじゃあらぬわ 仏じゃわ」と悲しいのにクスッとさせる台詞も挟んでくる。この遺体運びも後から何故入れたか分かるので結構大事だったりする。縫之助さまを診てくれている医者は十段目の藪医了竹からでしょうね。

花火が上る場面で角兵衛獅子がやってくる。これも、五段目の猪意識でしょうね🐗。で、花火のドンドンという音を、勘平の鉄砲の音と置き換えているのかな、と。

大詰 全般
おかると権兵衛仮夫婦の家。関係性が若干四谷怪談らしいところもあるけれど、初演は菊宴の方が先。与五郎がおかるの裾に手紙を入れるも、興味なさそうにサッと手紙を投げ返すおかる。七段目の寝たふり大星由良之助と、必死な平岡平右衛門。こちらでも少し笑いが起こっていて楽しかった!
この家は二階の大道具まであるので七段目の一力茶屋意識だなあというのはすぐに分かる。おかるが笄を眺める仕草は二階から鏡を使い手紙を盗み読みするお軽にも似ていた。そして二階から盗み「聞き」する権兵衛も出てくるから、この家、ワクワクしちゃうね。


とまああらゆる所に仮名手本忠臣蔵が散りばめられていたけど、台詞の引用もかなり多い。例えば冒頭書いた「錆びたりな、赤鰯」に加え、「ずんと些細な内緒事」「水雑炊を食らわせい」「暇が欲しくば暇やろと、結構過ぎた身請け」など。何なら、仮名手本以外からも持って来ている。代表的なのは「絶景かな」。

仮名手本忠臣蔵との比較を中心に記録したため本編の感想は殆どないけれど、複数回観ても飽きずに楽しめたし、忠臣蔵を知らなかったとしても演出が豪快(両宙乗り、ドカ雪、花火、瓦投げ)で夏らしい作品のため、満点作品。